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平成十年十月二日、父の一周忌を済ませ、古い家をそのままに二木屋をはじめました。
懐かしい味、本物の味、日本の代表食材・和牛、家に伝わる味・・・
お茶時の料理である"懐石"はあえて名のらず、
楽しく集まって食べる"会席"を選んで、伝えるべき日本の味を模索してまいりました。
そして十年。この節目に私のするべき日本料理の仕事をまとめ直しました。
"過去という未来"に向かって走っていく二木屋の"温故知新"です。
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私たちの店は、日本の懐かしい和の暮らしを伝える。
五節句をはじめとする年中行事と歳時を伝える。
食べることと、その空間をしつらえることで伝える。というテーマがあります。
それらをまとめ直し、これから目指すべき会席を考えてみました。
ひとつ、京の懐石料理を基本にして日本料理を伝承すること。
ひとつ、江戸の本膳料理の流れを伝承すること。
ひとつ、季節の節目の節句料理を伝承すること。
ひとつ、全国の郷土料理を伝承すること。
ひとつ、日本料理は野菜の味を大切にすること。
ひとつ、日本が生んだ最高食材である和牛を生かすこと。
ひとつ、日本の海が育んだ魚を美味しく提供すること。
ひとつ、二木屋初代・小林カツ子が残したレシピから、二木屋の味を伝えること。
ひとつ、米文化を大切にし、祖父英三の発明した籾殻かまど焚きご飯にこだわること。
ひとつ、世界中の食材も取り入れ、日本料理を進化させること。
十年目に十の柱がまとまりました。
十周年を迎えた平成二十年十月二日から二木屋は第二世紀に入ります。
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この屋敷の主は、保守が大合同した自由民主党最初の内閣(1955年)の厚生大臣・小林英三。
昭和10年建築の軍人の家を戦中に疎開用として買取り、増築を経て今の形となりました。
ダイニングの部分は元の住居。宮殿と洋間が昭和22年頃の増築です。宮殿は40帖の広さがあり、
当時から専用の厨房も設えてありました。当時はホテルやホールなどの公共施設が少なく、
政治家は、会合や催しを自分の家で開いたため大きな屋敷を必要としました。
なお、英三の会社には昭和天皇が行幸(昭和21年),当家には高松宮様がご来臨されています(昭和23年)。
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小林英三
(明治25年〜昭和47年)
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当家は毛利家の家老の家柄で、広島県尾道で林を名乗っていました。
明治になり武家から商人に変わるとき、小林と改名しましたが、先祖代々の林を屋号に残し、
林が2つの木であるところから「二木屋」を名乗り、缶詰食品業を創業。
味付けはカツ子(英三母)が担当しました。またカツ子は、料理研究家として講演や料理教室を行ない、
百年前のカツ子のレシピを英三は大切にし、今でも当家に残ります。
二木屋とは百年の時を経て復興させた当家の屋号です。
また、明治の味をカツ子のレシピから再現するのが二木屋の次の仕事です。
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小林カツ子
(文久2年〜昭和10年)
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